戦争の面影 縄跳びの技名 ゼロ戦と隼




太平洋戦争が終結してから2019年で74年になります。74年の間には朝鮮戦争や、湾岸戦争など様々な戦争が世界各地で起こっていますが、幸いなことに日本は直接戦争をしていません。そんな中で戦争の記憶は風化し、次世代に伝えていくことが喫緊の課題となっています。戦争の記憶は確実に薄れていますが、生活のあちこちに戦争の面影を見ることもできます。今回は、そんな戦争の面影を縄跳びの技名に見つけたので少しだけ紹介したいと思います。

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隼とゼロ戦

小学生の時にやっていた縄跳び。縄跳びの技名に戦争の面影を見ることができます。ハヤブサとゼロセンです。ハヤブサとは一回跳ぶ間に、交差とび一回と前回し一回を行う技です。ゼロセンとは、交差二重跳びのことで一回跳ぶ間に手を交差した状態で2重跳びを行います。このハヤブサとゼロセンというネーミングは、太平洋戦争で旧日本軍の主力戦闘機として活躍した「隼」と「零戦」に由来していると思われます。「隼」は旧帝国陸軍の主力戦闘機で、当時の国民には一番認知されていた戦闘機だったようです。「零戦」は旧帝国海軍の主力戦闘機で、あまりにも有名だと思います。映画、「永遠のゼロ」でもお馴染みです。戦線に投入された直後は向かうところ敵なしで、世界一の呼び声も高かったと聞きます。太平洋戦争、終盤では欧米の戦闘機が上回り、主役を譲ったようです。

ネーミングはいつからか

いつ頃から縄跳びのネーミングで使用され始めたのでしょうか。僕の推測ですが、サンフランシスコ講和条約が締結された1952年以降であったのではないかと思います。そもそも「隼」という戦闘機は戦時中から広く国民に知られ親しまれていたようですが、ゼロ戦の正式採用は日中戦争が始まり、戦時統制下の中、報道が制限されていた中ですので、国民にその存在が広く認識されたのは終戦後であったようです。つまり、戦中に縄跳びのネーミングとしてゼロ戦の名前が使われることは考えにくいです。終戦後に、名前が付けられたと思いますが、終戦直後はGHQの統制下にあり、戦争を想起させるものはことごとく排除されていました。特に、子供は次世代の担い手であるため、教育に関することには目を光らせていたと考えられます。そんな子供たちが行う、縄跳びのネーミングに連合国を苦しめた戦闘機の名前を使用できたとは考えられません。そのため、GHQが撤退した後に、ネーミングされたと考えるのが自然です。

なぜ隼とゼロ戦か

それにしても、なぜこのようなネーミングになったのでしょうか。これも推測の域を出ませんが、両戦闘機の軽快性が縄跳びの技を連想させたのでしょう。日本軍の戦闘機は連合軍の戦闘機にはない軽快な運動性能でドッグファイトと言われる格闘戦を得意としていました。戦争初期の米軍で言われていたという有名の逸話として、「逃げていいのはゼロ(零戦)と積乱雲にあった時だけ」というものがあります。それほど、当時の零戦は優れていたのでしょう。
さて、縄跳びの話に戻りますが、縄跳びのハヤブサとゼロセンは共に腕の交差を入れる変則的な二重跳びです。この技の様子から軽快な戦闘機の名前が当てられたと考えられます。

現在の呼び名

この隼とゼロ戦という名前の技ですが、今は呼び名が変わってきているようです。隼はそのままですが、ゼロ戦はツバメなどと置き換えられているところもあるようです。ゼロ戦という名前は太平洋戦争を想起させることから、子供の教育に使用される縄跳びの技名には相応しくないということでしょうか。隼という鳥が存在するので、それに対応させて鳥の名前にしたのでしょう。時代が時代であるのでしょうがないとは思いますが、個人的には何だか寂しいような気がします。太平洋戦争自体を肯定する気はさらさらありませんが、あの戦争を考える機会は設ける必要があると思います。例えば、体育の授業で縄跳びをする時に、「隼」や「ゼロ戦」という技の名前の由来を先生がちょっと言うだけで、何人かの子供は興味を持ってくれるかもしれません。このご時世、興味を持てばインターネットで調べることが可能です。自発的に行動することほど身につくものはありません。何も知識を与えることだけが教育ではないと思うのです。縄跳びの名前という小さなことでも、教育はできると思うのは僕だけでしょうか。ぜひ、今後も隼やゼロ戦といった名前は残してほしいものです。
ただ、ツバメというのも飛燕という戦闘機を想起させなくもないですね。もしかしたら、これを意識したのかもしれません。

まとめ

子供の頃にはただの縄跳びの技名だと思っていた、隼やゼロ戦ですが、大人になって知識がついてくると、あれは戦争の面影だなと思うようになりました。当時の先生方は誰も教えてくれませんでしたが、たかが縄跳びの技名一つでもいろいろと考えることができると思います(先生方は知らなかっただけかもしれませんが)。日本は70年近く、直接的な戦争をしていません。それは世界に誇れることであると思うし、今後も続けていかなければなりません。薄れていく戦争の記憶を、縄跳びの名前から少し考えてみるのもいいかもしれませんね。








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