社会の仕組みは生物に似ているって話1




自然界の仕組みはよくできているなぁと常日頃思う。今回は生命の体はよくできているなぁと思う話。

どうやったらこんな複雑なものが生まれてくるのか。
ダーウィンの自然選択説だったり、木村資生の中立進化説だったり、その両方であったり、まぁ色んな説がありますが、結局は壮大なトライアンドエラーを繰り返し今の姿になったわけだ。なんてたって、40億年前と言われていますからね、生命が誕生したのは。そっから、永遠現在まで試行錯誤を繰り返し、失敗したものは消え去り、成功したものはまた次のトライを繰り返す。40億年も繰り返せば、これだけ複雑なものも出来上がりますか。
たかだか、数十年、数百年のトライアンドエラーを繰り返しているだけの人間の技術が未だに生命の足元にも及ばないのも納得できる。

人間社会ではうんこ以外の何かを生み出していかないと生きてはいけない。しかも、効率を常に求められる。誠に生きづらい。それはそれとして、新しい何かを生み出すにはトライアンドエラーが必要だ。効率を求める時も同様である。トライアンドエラーを繰り返し、より良いものを求める。そして効率がよくなってくればくる程、生命の体にあるシステムに似てくる気がする。

例えば、道路。道路は人が移動したり荷物を効率よく運搬するために必要だ。もともと自然界に道路はないが、人間社会が試行錯誤の上に現在の交通網が広がっている。ここで、生命の体を考えてみる。生命の体は、細胞が集まってできている。そこに栄養を運ぶため、血管が身体中に張り巡らされている。心臓からは大動脈が出ており、大動脈を起点として細い血管が四方に伸びている。大動脈は幹線道路と考えることができるだろう。そこを起点に細い道が各地に伸びている。栄養を運ぶ血液は、トラックをはじめとする車である。試しに、道路地図を俯瞰してみると生物の血管のようにも見える。

また、血管が栄養を運ぶ細胞を個々人と考えてみる。細胞は健常な細胞がある一方で、一部はがん細胞となることもある。健康な人でもがん細胞は一日に40個もできるそうである。それでも僕らががんにならないのは、免疫細胞がきちんと働いているからである。がん細胞はさしずめ犯罪者といったところか。それを取り締まる警察が免疫細胞である。警察が正常に働いている限りは、社会は秩序を保てるが、正常に働けなくなれば途端に無秩序状態に陥る。

生命の体には無駄が少ない。無駄のない世界、組織、生活を求めるのであれば生命の体について勉強し、それに則したシステムを構築してみるのはいかがだろうか。我々がトライアンドエラーを繰り返すよりも、40億年間のトライアンドエラーを参考にしてみる方が賢明かもしれない。つづく。








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